【見えるところ】やっかいなのは手や腕の毛【隠せない】

脱毛

 

露出する部位の毛は、私たちの頭を悩ませます。

ヒゲもそうですが、意外にやっかいなのは手や腕の毛ですね。

ふとした仕草であっても、視界に「モジャ」っとしたものが入るわけです。

周囲の人がどう思うかは別にして、自分自身が「気にしない」というのは難しいでしょう。

 

 

夏場はとくに隠せない

まずはウモゾンの具合をみてみましょう。

画像を開いて拡大するとわかりやすいです。

 

 

もっと濃い人はいるでしょうけれど、ウモゾンだって薄いわけじゃありません。

一本一本はそこまで太くないのに、生えている範囲が広いタイプの毛深さです。

 

腕の毛は長袖を着ればなんとかなります。

が、夏場だと厳しいですよね。

とくに手や指に生えた毛なんて、季節関係なくどうしようもありません。

ここにコンプレックスを感じている人は、毎日悩んでしまうことでしょう。

 

 

変な理由をつけていた

ウモゾンだって、手や腕の毛はコンプレックスでした。

「日光を浴びると熱中症になりやすいから」といって、夏でも長袖を着ていました。

あながち間違いでもないとは思うんですが、もちろん本心ではありませんでした。

毛を隠すためです。

 

もちろん、仕事中も長袖を着ていました。

 

かつて、スーツを着て働いていたときのこと。

みんなは半袖のシャツで仕事していたんですが、ウモゾンは長袖シャツを着ていました。

 

頭のかった~い上司から「見てるこっちが暑くなるからいい加減半袖を着ろ!」と思いっきり怒鳴られたことがあります。

 

知らんがな、おまえの所感なんて。

なんのハラスメントに該当するかはわかりませんが、ウモゾンはとっても不快な思いをしました。

 

 

やっぱり「毛」はいらない

しかし一方で、その上司の言い分もなんとなく理解できるような気もしました。

みんなが半袖を着ているのに、ひとり長袖を着ている状況です。

その「ひとり」が異物になることについて、納得できないわけじゃないのです。

 

難しい言葉を使えば、「同質化」「均一化」とかいわれているやつです。

日本文化の特徴でもあり、問題点とされる概念ですね。

 

ウモゾンの脱毛願望もその同質化や均一化に向かっているといえます。

ですから、「毛深いやつ=マイノリティ」とも言い換えれるわけです。

 

毛深いとほんとに生きていきづらいです。

だから「死にたい」とかそういうことじゃありません。

いろいろと不便だったり、不自由だったり、いらないストレスを感じたりするわけです。

 

なんとか解決したいところです。

ウモゾンでした。

 

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